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2026/04/06 02:08 |
このブログについて
ご来訪ありがとうございます。
当ブログは、中国に関して私自身が見聞きして感じたことをそのまま記事にしています。
中国に対して興味のある方も、そうでない方も、読んで楽しい内容に出来るよう心がけています。
そのため、小説やエッセイのように連載方式で記事が続いており、
それらを読み易くするため、ブログ全体では投稿順ではなく古い順番で記事が並んでいます。
(投稿順では、小説で言えば最後のページが最初に来てしまう構造になってしまうのです)

最新記事はすぐ右の最上段、
同じタイトルが付く連載に関しましては、
その都度カテゴリーで分けてありますのでそちらから読んで頂ければと思います。

次ページへ移動するボタンは最下にあります。
ブログ設定が不勉強なため、見つけにくい、見辛い部分は今後少しずつ改善していくつもりですので、温かい目で見守ってください。
よろしくおねがいします。


少しでも、また、より深く、
中国を楽しむ、
あるいは、そこから日本を見つめる材料となれればと、
そのように願っています。

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2012/02/01 18:34 | Comments(0) | 未選択
北海道に見た中国のあれやこれや〈1〉


すでに先週のことになってしまいますが、2泊3日の日程で北海道は小樽・札幌と観光に行って参りました。
トップの写真はかつてニシン漁に使われた歴史ある小樽の運河。
小樽の街自体が歴史ある建造物に溢れていて、古くからの建物を外見はそのままに現在も商店等に改装して利用しています。
街を散歩するだけでも時間を忘れるほど素敵で有意義なものに。

周辺では小樽雪あかりの路というイベントが開催中。
雪や氷の出来た様々なオブジェ。
ロウソクを灯し、幻想的な雰囲気。




こちらは運河とは別の、
幌内鉄道手宮線の廃線跡地の会場。
サッポロビールのバーも!



中国ボランティアの方々も参加している案内がありましたが、彼らのオブジェを見つける事が出来ませんでした。
国名等詳細の記載がされていないだけで『チームオブジェエリア・ワールドフレンズ』内、案内が出ていた一帯がそうだったのかもしれません。

会場を歩いているといたるところで中国語を耳にしました。
中国から観光に来られた方々がとても多い!
皆口々に「走走走!」「快快快!」(笑)

観光案内だけでなく、商店の看板や店内の商品説明等にも中国語(簡体字と繁体字表記に分けて)。

北海道観光人気の火付け役《非诚勿扰(非誠勿擾)/邦題『狙った恋の落とし方。』》のオルゴールなんかも売られていました。

各施設には中国語の観光案内の冊子があったり、
観光がてら中国語の勉強までできちゃうなんて嗚呼素晴らしきかな北海道。
そしてうまいもんも…ということで一石三鳥。

そんな北海道1日目だけで長くなったのでまた次回。

最後に、
小樽で行われていた『寿司vsあんかけ』対決加盟店“桂苑”で食べたうまいもん広東麺。
小樽が推してたのはあんかけ焼きそばだったけど。
桂苑の広東麺

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2012/02/19 16:03 | Comments(0) | 日本にある中国
中国結び展【再稿】
(旧ブログ(閉鎖)より投稿2012.01.29)

埼玉県山西省友好記念館“神怡館(しんいかん)”で開催中の『中国結び展』。

池袋駅から西武池袋線、西武秩父線、秩父鉄道と、ちょうど直通の快速があって一気に終点の三峰口駅へ。
トンネルを抜ける度景色は雪景色に。
駅頭着後、バス停に行くも次のバスが1時間後と知り覚悟を決めて雪道を歩き出す。
程なく鎮座されていた地蔵様に合掌。
いくつかの峠道、集落、たぶん人が歩いて通るような道じゃないんだろう道を歩く。
すれ違った車はどう思っただろうか。
1時間待ってたら乗れたバスに追い抜かれたがもはやどうでもいい。
途中、美しい景色に立ち尽くし、これは徒歩でなければ気付かないだろう。


コンビニはおろか休憩出来そうな場所は皆無であり、
間もなく神怡館到着である道の駅『両神温泉薬師の湯』でようやく一息ついた。
家を出てからすでに5時間が経っていた。
疲労感よりも強い達成感。
目的は果たされた錯覚を煙草の煙と一緒に吐き出して、いざ『中国結び展』へ。

神怡館は埼玉県と山西省の友好締結を記念して建てられたもので、
山西省五台山は仏光寺の東大殿をモデルに建てられたそうだ。

こちらが神怡館↓


館内は中国結び展示品の他にも様々な展示品が数多く展示されていて、
主に山西省がどういった場所なのかを知ることが出来るようになっていた。

↓こんなでっかいお馬さんとか


↓こんな可愛いお人形も。


↓中国結びは小さいものから豪華なものまで様々


他にも中国結びの雑誌を閲覧出来たり、中国結びで作られたきれいな装飾品が販売されていたり。
「なんとなく見てみようかな」という好奇心で訪れて、
中国結びの世界にすっかり魅了されてしまいました。
気付けば何度もぐるぐる館内を徘徊。
自分でも作ってみたいなぁ。
中国農村の暮らしを記録した映像を見る事が出来るビデオシアターもあったのですが、残念ながらその日は上映出来ないということで、見る事が出来ず泣く泣く外へ。


帰りのバスの時間まで、神怡館近くにある展望台へ。
こちらが展望台『観景亭』↓


ここからの景色は絶景!
とても写真では収まりきらず、こんな写真でご勘弁。



左下の黄色い屋根が神怡館です。

ちょっと見ていくくらいが、すっかり見とれて時間を忘れ、
バス停へ戻る途中、乗るはずのバスとすれ違う。

時刻表を見ると、次が約2時間後。

薬師の湯にでも入ってのんびり待ちたいところだったが、
夜に予定が入っていたため、改めて覚悟を決めて歩き出す。

途中、母から電話があり、近日一緒に行く北海道旅行の事を話す。

「北海道は雪道だから歩ける靴持ってる?無ければレンタルがあるらしいから…」

「うん今雪道歩いてる」

雪道往復15km。
駅へ戻る際、行きに合掌した地蔵様にご挨拶。やはり歩いて戻って良かった。

翌日両足の“すね”が筋肉痛。
そして東京都心部も大雪に見舞われて連日雪道を歩くことに。。。

神怡館での中国結び展は明日で終了ですが、また訪れてみたいと思います。

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2012/02/25 23:57 | Comments(0) | 中国芸術
北海道に見た中国のあれやこれや〈2〉
《札幌テレビ塔からの眺望》

今月初頭に行った際に見た、というか目に入ってきた中国続き。


一夜明け、
小樽駅から南小樽駅まで歩く。


途中、オルゴール堂大正硝子やびーどろ館北一硝子ルタオ本店など、午前中少し散歩して札幌へ移動する予定がすっかりお昼を過ぎてしまった。
地酒屋 北一で試飲しまくってほろ酔いになる始末。

各店舗やはり中国語表記が見られた。
ガラス工芸品の女性向けアクセサリーコーナーにはバレンタイン特集と銘打って様々な美しいアクセサリーが展示・販売されていたのには、中国の情人節(情人节/中国のバレンタインデー)を意識したものかと勘ぐる。
男性から女性へプレゼントを贈る習慣は中国だけでは無いが。


さて、南小樽駅から札幌へ、まったくシャッターのタイミングを間違えた写真を一枚撮ってから移動。



吹雪いていた小樽でしたが札幌は快晴。
タクシーの運転手さんが言うにはこの天気は札幌くらいなもんだそうで。
都会である札幌の道路はきっちり整備されていて、歩くのに苦労しませんが、それでも雪が積もっていたりするので横断歩道には必ず「すなばこ」という、すべり止めの砂が設置されています。
四コマ漫画で使い方を説明。言語は日本語の他に英語・韓国語、そして中国語(簡体/繁体字)。

中国語(簡体字)全文は、
①「哎呀!太滑了!!」
②「这种时候就撒砂子吧。」
③「在溜滑的地方撒一把砂子…」
④「这样就安心了!」


そして札幌は雪祭り最終日。
多くの人達で賑わっていました。
《鶴ヶ城/会津》



大通り会場11丁目では国際交流の場として、『国際雪像コンクール』が開催。
“食の国際交流”として各国の屋台が軒を連ねていました。
雪像コンクール優勝は香港チーム制作の「飛躍する龍」。なるほど確かに今にも飛び立って行きそうな、雪像とは思えない迫力。


参加チームは以下の通り、

中華圏からは香港と台湾、
で、食の国際交流では『中国』、と、参加チームとは分けて考えた方が良いのかしら。
ちょっと頭の中で複雑になり過ぎてメニューをあんまり見ておりません。
担々麺推しだったな、そういえば。



そんなこんなな北海道2泊3日。
3日目は新千歳空港で白いチェブラーシカ探しまわってただけ。そして見つからなかったというかアマゾンで売ってた




北海道で中国の何か見つけようという意志はまったく無く、ただぶらっと行ってみただけなのにこんなにも多くの中国の何かを見つけることが出来る。
交流の場は盛んだったし、中国から観光に来られている方々のいわゆる“マナー”なんかは別に悪くもなんともなく皆さん楽しんでた。
日本に見る中国はすっかり日本に浸透していて、それもひとつの部分として日本を形成していると言っても過言ではない。

そんな事を考えながらわたくしはすすきのの街へと消えて行ったのでした。



前回締めラーメンだったので今回も。
すみれ』の味噌大盛りトッピング玉子。

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2012/02/26 06:27 | Comments(0) | 日本にある中国
震災後
2012年3月11日。
東日本大震災から一年が経ちました。
未だ多くの方々が苦難の渦中にある中で、わたしが出来る事などごく限られておりますが、少なくとも出来る事を少しずつ積み重ねてゆければと想っています。

当時、地震直後は事の重大さを気付く間もなく、えも言われぬ恐怖の中テレビやパソコン等の情報機器を復旧させる事に一心不乱でした。
ある程度状況を把握した後は、嵐の去った後のような状態の部屋で靴のまま、茨城に住む家族の安否が不安で何度も吐き気と目眩を起こしながら電話を掴んで右往左往していた事以外記憶にありません。
数時間後に連絡が取れ、無事でした。給湯器が倒れて風呂場直撃してめんどくせーことになったなーとか言ってたな。


彼女は日本滞在期間を終えすでに中国に戻っていて、その後の中国の様子も教えてくれました。
デマによる中国国内の塩買い占め等、報道される前に彼女の話で耳にしていました。

中国国内で日本の放射能汚染に対する不安が高まっていることは明白であり、彼女がすぐに日本へ行きたいとか、わたしが中国へ行き彼女の両親や叔父達に会う約束も二の足を踏まざるを得ず、放射能対策として中国の空港での日本人観光客への測定強化は追い打ちをかけました。

いろいろと押し問答の後、
結局わたしは2011年9月に中国へ向かいました。
そこで待っていたものは何の憂いも無く、
上海浦東空港ではまさに“歓迎光臨”でしたし、南京で彼女の叔父達に本当に優しくして頂きました。
日本で見聞きする中国の報道というのは実際の中国国内とは様子が異なるんだな、と肩の力が抜けてすっかり楽しんで帰国。
同時に、報道というのはその国のイメージを形作ってしまう程の力をもつのだと恐ろしくもなりました。
“国が行い国が考えること”と“その国民が想うこと”はまったく別の話。

震災後、もちろん中国に限った話ではありませんが、日本に残って暮らす中国の人達を多く見ました。一緒に働いたりしました。
わたしが例えば異国で震災に遭ったらもの凄く不安な日々でしょう。彼らはすごいと純粋に思います。
そういう彼ら、また、国外から応援の声を届けてくれる人達を不安にさせないためにも、日本人は日本人として背筋を伸ばし前を向いてゆかなければと思うのです。

冒頭で述べた通り、
わたしには出来る事は少ないかもしれませんが、ほんの少しでも積み重ねてゆければと思います。

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2012/03/11 22:40 | Comments(0) | 雑記

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